歩行練習がうまくいかないときの選択肢 ― 下肢装具の適応とメリット

<キーワード>
下肢装具、装具作製、意思決定
※本記事は、理学療法士向けに作成された記事です。全ての方に当てはまる訳ではありませんので、参考程度にご利用ください。
担当の患者さんの歩行練習中にこんなこと感じることはありませんか?
「下肢に力が入らなくて介助しても歩行練習が大変だなぁ…」
「麻痺側の足が引っ掛かるなぁ…」
「麻痺側の足に力が入りづらそうで歩行が不安定…」
「反張膝があるな…」など
これは筆者がこれまで多くの患者さんの歩行練習中に何度も感じた経験です。読んで下さっている理学療法士のあなたも同じようなことを感じた事があるのではないでしょうか?
では、このような問題をどのように解決して、歩行練習を進めていくのか1つの方法として『装具療法』の選択肢があります。下肢装具を装着することで運動麻痺が重度であっても立位や歩行練習ができます。
練習を行っていくと…周りの先輩PTなどに「装具は作らないの?」など助言を頂くことがあります。しかしながら、「症状が回復して装具が必要なくなるかも…。装具を作って良いのだろうか…?」このように疑問を感じる方も多いのではないでしょうか?
そこで、本記事では装具を作製することで得られるメリットについてわかりやすく解説しています。
『下肢装具』についてあまり詳しくない方こそ。是非最後までご覧ください。
本記事の内容
下肢装具は、主に長下肢装具と短下肢装具の2つがあります。
脳卒中治療ガイドライン2021では、長下肢装具、短下肢装具それぞれで推奨されています。
・長下肢装具では…
「脳卒中片麻痺で膝伸展筋力もしくは股関節周囲筋力が十分でない患者に対して、歩行練習をするために長下肢装具を使用することは妥当である(推奨度Bエビデンスレベル低)1)」
そのため、股関節や膝関節の周囲筋の運動麻痺でほとんど力を入れられない患者さんには長下肢装具を使うことは適応の範囲と考えられます。
・短下肢装具では…
「脳卒中片麻痺で内反尖足である患者に対して、歩行機能を改善させるために短下肢装具を使用することは妥当である(推奨度B エビデンスレベル高)1)」
麻痺側下肢にある程度の力を入れることは可能だが、内反尖足により、麻痺側下肢の振り出し時のクリアランス低下や反張膝の出現などにより、歩行能力や歩行自立度の低下がある場合、短下肢装具を使うことは適応の範囲と考えられます。
下肢装具が使える理由
下肢装具の役割として、「義肢装具のチェックポイント」という教科書には、
➀関節不安定性の制御
②異常可動性の制御
③(歩行中の)筋力低下の補助と代償
④痙縮などによる異常関節運動の制御
と記載されています2)。
例えば、歩行中に膝折れが出現し関節に不安定性がある患者さんの場合では、下肢装具を使用することで、関節不安定性を制御することが可能となり、歩行能力の向上や歩行介助量の軽減に繋げられる可能性が考えられます。また、反張膝が出現する方に装具を使用すると異常可動性や痙縮などの異常関節運動の制御をすることで、誤った運動学習(誤用)を予防して、歩行練習を進めることが可能となります。
「このように、装具を使用することで異常歩行や不安定な関節を制御することができます。」
ここまでは、多くの方もご承知のことかもしれません。
実は装具を使って歩行練習を実施することで、装具なしよりも有効である研究が数多く報告されています。
例えば、麻痺側の筋活動が得られなかった患者さんが、装具をつけて歩くことで筋活動が得られた報告3)があります。
他に、「早期に長下肢装具を作製して急性期から歩行練習を行うことで、歩行の自立や階段昇降の自立が早期に行えた4)」という報告もあります
このように、装具を使用することでは、効果的な運動療法を提供することにつながる可能性があります。
装具は備品より、作製する方が良いの?
前述したように装具作製をすることは、装具が今後も必要になる可能性があるかを検討する必要があると考えられます。例えば、「(理学療法の介入時間だけでなく、)病棟内でも装具を装着して歩行移動をしたい」や「退院後も装具を装着することで安定した歩行移動が可能」など、患者さんが主体的に装具を使用する可能性がある場合は、装具作製の検討が必要と考えられます。
そもそも装具を作製すると良いこととはどんなことがあるのでしょうか?
長下肢装具については、コラム「長下肢装具は本当に効果があるの?-ガイドラインとレビューで読み解く適応と限界-」、「回復期に勤める理学療法士が解説する長下肢装具を作製するメリットと注意点」をご覧ください。
短下肢装具は、Hungら5)は、慢性脳卒中者に前方支柱型装具を装着時と非装着時で6分間歩行と転倒への影響を調査したところ、機能的な歩行と転倒予防に効果的であり、若い方や歩行能力の低い方に有効であったと報告しています。Pohlら6)は、個人に合わせて作製された短下肢装具は歩行能力を高められることを報告しています。これらのことから、病院退院後でも装具作製をすることで歩行能力や歩行自立度の維持・向上が可能になることが考えられます。そのほかの効果としては、例えばコラム「装具歩行において下腿が外旋してしまうのはなぜ?」でご紹介したように下腿軸と装具軸が一致することで、歩行中の下腿の外旋を制御することが可能となり、転倒予防や歩きやすさに繋がることも考えられます。
まとめ
本記事では、下肢装具の適応や機能、装具作製をするメリットについて解説しました。
どんな患者さんに下肢装具が使えるのかは、
・股関節や膝関節の周囲筋の運動麻痺でほとんど力を入れられない患者さんには長下肢装具を使うことは適応の範囲と考えられる。
・内反尖足などでクリアランス低下や反張膝の出現などにより、歩行能力や歩行自立度の低下がある場合、短下肢装具を使うことは適応の範囲と考えられます。
下肢装具が使える理由は、
・関節不安定性の制御
・異常可動性の制御
・(歩行中の)筋力低下の補助と代償
・痙縮などによる異常関節運動の制御
備品ではなく、装具作製をする良いことは
・個人に合わせて作製された短下肢装具は歩行能力を高められます。
・病院退院後でも装具作製をすることで歩行能力や歩行自立度の維持・向上が可能になることが考えられます。
参考文献
1)日本脳卒中学会(編). 脳卒中治療ガイドライン 協和企画,2021.
2)日本整形外科学会・日本リハビリテーション医学会(監修).義肢装具のチェックポイント(第6版).医学書院,2003.
3)吉尾雅春:脳卒中患者の治療用装具はありえるか.日本義肢装具学会誌.28: 76-79,2012
4)高島 悠次, 他:重度片麻痺例における急性期からの長下肢装具作製が歩行および階段昇降の予後におよぼす影響.日本義肢装具学会誌,34 巻 1 号 52-59,2018
5)Hung JW, et al:Long-term effect of an anterior ankle-foot orthosis on functional walking ability of chronic stroke patients. Am J Phys Med Rehabil 90:8-16, 2011
6)Pohl M, et al:Immidiate effects of an individually designed functional ankle-foot orthosis on stance and gait in hemiparetic patients. Clin Rehabil 20:324-330, 2006
文責:平成の森・川島病院 理学療法士 松岡廣典